脊髄損傷の男性に最適な生殖医療とは?
このたび関東の大学病院から脊髄損傷の不妊治療のデータをまとめた論文がInternational Journal of Urologyに掲載され、それに対するコメントを掲載させていただきました。Editorial Comment from Dr Kanto to Testicular sperm extraction for patients with spinal cord injury-related anejaculation: A single-center experience. Kanto S. Int J Urol. 2016 Dec 23:1028-1029.
若い方の脊髄損傷の場合、多くは頸髄で発生します。脊髄損傷を起こすと自分で排尿することが困難になるため、泌尿器科では自己導尿の指導をします。両手に不自由があり自己導尿が難しい場合は留置カテーテルになります。しかし留置カテーテルでは尿路感染が必発となります。
そして脊髄損傷の方に必発となるのが、射精障害です。脊髄損傷があっても勃起そのものは可能である場合が多く、性交渉は可能となります。昔のドラマや小説では脊髄損傷で不能になるというような話がありますが、医学的には必ずしもそうではありません。しかし勃起は可能であっても射精が不可能であるため、自然妊娠は一部の例外を除いて不可能となります。
そこで電気刺激やバイブレーターを用いた物理的刺激により射精を引き起こす方法があります。米国にはFDA公認の専用のバイブレーターがあります。電気刺激は本邦では一部の施設を除いてほとんど行われていません。
こうした方法により射精が可能となっても、次に問題となるのが、射出された精子の質が低いことです。先に述べたように、繰り返される尿路感染や、精子が完成してから射精に至るまでの期間が長いことより、精子のDNA損傷が顕著であるため、人工授精や体外受精に用いても妊娠が成立しにくいのです。
また脊髄損傷では造精機能障害そのものが時間とともに進行すると考えられており、精子そのものが減少していくことがあり、精子が全く造られていないこともあります。脊髄損傷からの期間が長ければ長いほどこうしたリスクは大きくなってくるとその論文で報告されています。脊髄損傷は若年時に経験することが多いため、子供を希望されるカップルはこうした情報につき知っておくことが望まれます。
では脊髄損傷の男性のカップルにとって最適な生殖医療は何でしょうか?それは精巣の中から精子を取り出して顕微授精をする方法です。2009年に仙台市の生殖医療施設で実施した治療結果を生殖医学のトップジャーナルであるFertility & Sterilityと米国泌尿器科学会総会で発表しましたが、カップルの74%で妊娠成立に至りました。特に造精機能障害の顕著な方には手術用顕微鏡で選択的に組織を採取するmicro TESE/MD-TESEを駆使することにより、高い妊娠率を達成することができました。
しかし脊髄損傷の方々がどうやって子供を設けたらいいのか十分な情報が社会に浸透していないように思われます。脊髄損傷の方々を普段治療されている医師もよくわかっていないかもしれません。こうした論文は専門医の目にしか停まることがないだけに、ブログを通じて発信していきたいと思います。