男性の健康状態が不妊治療に与える影響
男性の健康状態が体外受精の結果に与える影響が生殖医療の権威ある論文Fertility Sterilityに掲載されました。それによると神経疾患、呼吸器疾患、筋疾患、内分泌疾患、精神疾患を持っている男性の射出精子を用いた体外受精の結果、そうでない男性の結果と比較して、低い受精率と妊娠率、高い流産率、早産率と低体重児出生率となることが明らかにされました。今日の顕微授精を主とした生殖医療では優秀な胚培養士が精子の形態と運動から精子を視認して選別しておりますが、その選別は主観的であり必ずしもDNA integrityの高い精子を選別しているとは限りません。その結果高度生殖医療単独では満足できる治療結果につながっておりません。そのため精子をより客観的に選別する手法の研究が今日まで行われてきましたが、決定打に欠いており、効果的な手法の確立には至っておりません。そもそも健康な肉体でなければ健康な精子が造られないのは自然の摂理であり、こうした当たり前のことに力を入れずひたすら精子の採取と選別に終始してきた生殖医療は今日反省期を迎えつつあると言って過言ではないのではないでしょうか。
今回の論文では違いを明白にするために、持病の診断がついている男性とそうでない男性のデータを比較する研究デザインとなっていました。しかし男性不妊外来を受診されている一見健康な男性の多くにこうした健康上の問題やリスクが隠れていることがこれまでも多数報告されています。実際当院男性不妊外来を訪れる男性の多くに糖尿病、高血圧、内分泌疾患、高脂血症、精巣腫瘍(精巣の癌)などの多数の疾患が見つかっています。生活習慣病やメタボリック症候群に至っては言うまでもありません。したがって高度生殖医療施設で精液検査と、実施しても簡単な問診や診察のみで、本質的な評価の不十分なままで男性の精子が採取され、ひたすら治療に用いられている現状を変えていく必要があるのではないかと思います。しかしそこまで男性側に手厚い診療をするとなると、週1回から数回程度の男性不妊外来日では仕事で忙しい男性はまずドロップアウトしてしまいます。また男性不妊専門医も泌尿器科や内科の知識や技量が必要になってきますので、総合的な医療ができる人材と医院環境も必要です。
そして不妊治療に臨む女性の高齢化に伴い採卵で確保される卵子数が少なくなってくるからこそ、男性の精子の質を予め整えて、DNA integrityの高い精子が選別され易くしていく必要があります。しかしそうした観点で治療をする施設があまりにも少ない結果、不妊カップル数は10年前とそれほど変わらないのに、顕微授精を代表とする体外受精の治療周期数は10年前に比べて格段に増え、本邦の高度生殖医療施設数も増加の一途を辿っているのです。SNSの発達した今日では医療側の認識より患者さんの意識を変えていくことの方が早いかもしれません。