自然妊娠を目指すなら男性不妊専門施設を受診しましょう
東北で初となる男性不妊クリニックを仙台市に開設して半年になろうとしています。これまでは男性不妊クリニックを受診される契機としては、女性パートナーが婦人科で異常なしで男性パートナーの精液検査異常と言われてから紹介されたり受診されたりするのが一般的でした。しかし最近では女性パートナーが婦人科を受診される前に男性パートナーが受診されるケースも増えてきました。
米国の男性不妊専門クリニックからは男性側の的確な評価と医学的介入により、65%のカップルで自然妊娠、人工授精を併用しての妊娠は3%、体外受精を併用しての妊娠は13%であったと報告されています。一方で日本での統計はありませんが、比率では顕微授精での妊娠>体外受精での妊娠>人工授精での妊娠>自然妊娠となっていると推察されます。その理由は不妊を意識して最初に訪れるのは男性不妊クリニックではなく、顕微授精などの高度生殖医療(アート)を主とする婦人科を受診することが多いためと思われます。高度生殖医療施設で週1回程度の男性不妊外来を設置しているところもありますが、非常勤医師による外来であるため、十分なフォローとサポートは難しく、その結果として顕微授精を主とした高度生殖医療に偏ってしまいます。
それでも高度生殖医療ですぐに妊娠できれば良いのですが、顕微授精と体外受精による採卵周期あたりの妊娠率は日本産婦人科学会の集計ではそれぞれ5.7%と8.0%にすぎません。治療に入る際、顕微授精や体外受精をすればすぐ妊娠すると思われている方が一般的であるため、何回繰り返しても妊娠されず、それから男性不妊外来にご相談にこられた場合、そのギャップを埋めるためのカウンセリングに多大な労力を要します。経営者の立場からはこうしたカウンセリングこそ経費がかかるにもかかわらず収益が無きに等しく辛いところですが、悩んでいるカップルに前進していただくには欠かせないプロセスです。したがって医業出来高制(検査、投薬、手術などすることで診療報酬を得る制度)が主である日本で、男性不妊診療が普及しないのも無理はありません。
昨年獨協医科大学越谷病院泌尿器科の岡田弘教授より、不妊カップルの加齢(35歳以上)男性の精子はたとえ精液検査結果が正常であっても、胚発生能が低く、妊娠を成立させにくいとする動物実験結果が示されました。山口大学泌尿器科の白石晃司先生のご指摘によれば、顕微授精を主とした高度生殖医療の成績はこの20年間で進歩はなく、その一方で本邦では新設される高度生殖医療施設数は増加する一方です。特に都心部ではその傾向は顕著です。しかし不妊患者数が増加しているわけではないので、それだけ妊娠に結びつかない採卵周期数が増えていることを示唆しています。したがって今後高度生殖医療の成績を底上げするため、男性への治療に焦点を合わせることは必須になるだろうと予想されます。
その中で重要な位置を占めるのが男性の抗酸化療法であり、不妊男性の中で最も頻度の高い精索静脈瘤の診断と手術は今後さらに重要となっていくのは間違いありません。また高度乏精子症や高度精子無力症では射出精子よりはよりDNA損傷の少ない精巣精子を使用した顕微授精の有用性が報告されていることから精巣精子採取術の需要も増していくものと思われます。さらに不妊男性には内科疾患や悪性疾患の診断率が高く、あるいはこうした疾患の将来の発症率が高いなどのデータも示されており、不妊治療に留まらないより包括的なアプローチが必要です。かつて高度生殖医療施設に非常勤勤務していた頃はこうしたアプローチは難しいと感じてましたが、現在では男性パートナーにより健康な肉体と精神を取り戻しつつ、自然妊娠を達成して喜びの笑顔に溢れたカップルに寄り添うことができるのは、男性不妊診療ならではの醍醐味と感じています。
当院では日本生殖医学会認定看護師によるカウンセリングも実施しており、すでに他院で高度生殖医療を実施されていて思うような結果が得られていないカップルにもより中立的な立場でサポートできるようになっています。一方でこれから不妊治療に進まれる方には、高度生殖医療を始める前に自然妊娠の可能性が本当に無いのか、よくご相談されることをお勧めいたします。